札幌地方裁判所 平成元年(行ウ)4号 判決 1991年7月16日
北海道深川市稲穂町二丁目五番七号
原告
中島信昭
北海道深川市四条一五番三号
被告
深川税務署長 尾崎博
札幌市中央区大通西一〇丁目
被告
国税不服審判所長 杉山伸顕
右被告両名指定代理人
大沼洋一
同
亀谷和男
同
猪又間喜雄
被告深川税務署長指定代理人
溝田幸一
同
佐藤隆樹
同
高橋徳友
被告国税不服審判所長指定代理人
大森進
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
一 被告深川税務署長が昭和六二年八月二〇日付けで原告に対してなした昭和六〇年分所得税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。
二 被告国税不服審判所長が平成元年二月二七日付けで原告に対してなした昭和六二年一一月二七日付け審査請求に対する審査請求を棄却する旨の裁決を取り消す。
第二事案の概要
一 事案の要旨
本件は、原告の修正申告には金額計算の誤りがあり、また、租税特別措置法三七条の特定の事業用資産の買換えの場合の課税の特例(以下右法文を「措置法」といい、右特例を「事業用資産買換え特例」という。)の適用を受けなかったため、納付すべき税額が過大であったとして、被告深川税務署長が原告の更正請求に対してなした更正すべき理由がない旨の通知処分の取消しを求めるとともに、これに対する原告の審査請求について、被告国税不服審判所長が必要な事実審査を行わないまま原告の審査請求を棄却したとして、その裁決の取消しを求めた事案である。
二 課税処分等と本件に至る経緯
1 確定申告
原告は、昭和六一年三月一五日、被告深川税務署長に対し、確定申告書を提出したが、後記2(一)(1)及び(2)の譲渡所得(以下「本件各譲渡所得」という。)の申告をしなかった。(別紙課税状況等一覧表<1>。以下「別表<1>」という。)
2 修正申告の賦課決定
(一) 昭和六一年六月九日、被告深川税務署長に対し、左の本件各譲渡所得を内容とする原告名義の修正申告書(以下「本件修正申告書」という。)が提出された。(別表<2>)
(1) 短期譲渡所得の金額 一一六〇万七七九〇円
(2) 長期譲渡所得の金額 六八七万〇五〇〇円
(二) 本件修正申告書には、右(1)の短期譲渡所得の原因として、昭和六〇年三月二五日付けの株式会社清水建設工業(以下「清水建設」という。)に対する代金一三八八万八〇〇〇円の別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)の譲渡及び同年四月二五日付けの深川美装株式会社に対する他の土地の譲渡が、また、右(2)の長期譲渡所得の原因として、同年一二月二〇日付けの川崎勇と川崎恵偉子に対する代金五五〇万円の別紙物件目録二記載の土地の譲渡及び同年七月二七日付けの平沢弘に対する代金二八九万円の別紙物件目録三記載の土地の譲渡がそれぞれ掲げられていた。
(三) 被告深川税務署長は、昭和六一年一〇月二九日、右修正申告を受けて、過少申告加算税の賦課決定処分をした。(別表<3>)
3 更正の請求及びその理由
原告は、昭和六二年三月一六日、被告深川税務署長に対し、分離の短期譲渡所得の金額の計算上、本件土地の売買価額は八〇〇万円であったにもかかわらず、これを一三八八万八〇〇〇円として収入金額を過大に計上したこと、及び分離の長期譲渡所得の金額の計算上、措置法三七条の事業用資産買換え特例の適用を失念したことを根拠にそれぞれ更正の請求をした。(別表<4>)
4 更正すべき理由のない旨の通知
被告深川税務署長は、原告の右更正の請求に対し、昭和六二年八月二〇日付けで更正すべき理由がない旨の通知(以下「本件通知処分」という。)をした。(別表<5>)
5 異議申立、異議決定、審査請求及び審査裁決
(一) 原告は、昭和六二年八月二五日、被告深川税務署長に対し、本件通知処分を不服として異議申立をしたが、同被告は、同年一〇月二七日付けで異議申立を棄却する旨の異議決定をした。(別表<6>、<7>)
(二) そこで、原告は、昭和六二年一一月二七日、被告国税不服審判所長に対し、右異議決定につき審査請求をしたが、同被告は、平成元年二月二七日付けで審査請求を棄却する旨の裁決をした(以下「本件裁決」という。)。(別表<8>、<9>)
6 本訴提起
原告は、被告深川税務署長のなした本件通知処分及び被告国税不服審判所長のなした本件裁決の違法を主張している。
(以下は、乙第一ないし一〇号証により認められる。)
三 争点
1 本件土地の譲渡代金は一三八八万八〇〇〇円かそれとも八〇〇万円か。
2 原告が確定申告書において事業用資産買換え特例を受けるために必要な記載及び資料の添付をしなかったことが、措置法三七条七項の「やむを得ない事情」に当たるか。
3 本件裁決は違法か。
四 証拠関係
書証目録及び証人等目録の記載のとおりであるからこれを引用する。
第五争点に対する判断
一 本件土地の譲渡金額(争点1)について
1 乙第一、二、八、一〇ないし一三号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件土地の譲渡代金は、一三八八万八〇〇〇円であったと認められる。
2 しかし、原告は、この点に関し、譲渡代金は八〇〇万円であったと主張しているので、以下、補足的に当裁判所の判断を示すこととする。
(一) 前記各証拠及び弁論の全趣旨によれば、原告による本件土地の取得、売却、原告の修正申告の経緯等について、以下の各事実を認めることができる。
(1) 原告は、昭和五九年一〇月頃、曽我重清から深川市稲穂町一丁目二九五八番五の土地を買い受けた。
(2) 原告は、その後、右土地の一部である本件土地につき所有権移転登記手続を経ないまま、昭和六〇年当時、清水建設に対して負っていたパチンコ店増改築工事及び土地造成工事の請負代金債務(約六〇〇〇万円)の一部に充当するため、清水建設に対して本件土地を譲渡することとした。
(3) 原告は、右譲渡に際して、本件土地の価額を一五〇〇万円に評価するよう希望し、清水建設側は、本件土地の客観的な相当価額が分からないとして、当初は譲渡契約書も作成せずにいたが、その後、清水建設が本件土地を担保に銀行から融資を受けることになったため、原告と清水建設の代表者である清水晃は、昭和六〇年三月二五日、曽我を売主、清水建設を買主、原告を立会入とし、代金を一三八八万八〇〇〇円として、本件土地の売買契約書(以下「本件売買契約書」という。)を作成した。
(4) 清水建設は、昭和六〇年三月二九日、道央信用組合を根抵当権者として本件土地に極度額一二〇〇万円の根抵当権を設定したうえ、同信用組合深川支店から八〇〇万円を借り受け、さらに同年九月五日には、旭物産株式会社から四〇〇万円を借り受けるとともに、同社を抵当権者として本件土地に債権額四〇〇万円の抵当権を設定した。
(5) 清水建設は、本件土地の取得価額について、当初は道央信用組合からの借入金額である八〇〇万円として計上し、その後は、本件土地を担保として追加融資が得られる都度その額を上乗せする予定でいたところ、昭和六〇年一〇月に倒産するに至ったため、本件土地の取得価額の計上額も、そのままになった。
(6) 原告は、磯貝税理士事務所の使用人である粟野諒一(以下「粟野」という。)の説得もあって、本件各譲渡所得につき、昭和六一年六月になって本件修正申告書を提出することになり、粟野が本件売買契約書等に基づき内容を下書した修正申告用紙に、原告自身が署名押印をしたうえ、深川税務署に提出した(もっとも、原告は、本件修正申告書は、磯貝税理士が勝手に作成・提出したと主張するが、乙第一〇号証に照らし、右主張は採用できない。)
(7) 原告は、本件修正申告書を作成するに際し、粟野に対して、本件売買契約書記載の売買代金額が真実とは異なっているなどの説明を一切しなかった。
(二) 右のとおり、本件土地に道央信用組合が極度額一二〇〇万円の根抵当権を、旭物産株式会社が債権額四〇〇万円の抵当権をそれぞれ設定したことに照らすと、昭和六〇年当時、本件土地は少なくとも一二〇〇万円相当の担保価値を有すると評価されていたものと推認される。そうすると、原告と清水建設とが本件土地の譲渡価額を一三八八万八〇〇〇円としたことに不自然さはない。これらに加え、原告自身も本件修正申告書の作成・提出に際して、右譲渡価額に何らの留保をつけていなかったことを斟酌すると、本件土地の譲渡価額は、本件売買契約書の記載のとおり一三八八万八〇〇〇円であったと認定するのが相当である。
二 措置法三七条七項の「やむを得ない事情」の有無(争点2)について
1 ところで、原告は、本訴においては、措置法三七条七項の「やむを得ない事情」について明確な主張をしていないが、異議申立て及び審査請求の段階では、<1>昭和六〇年七月ころ、深川税務署における税務相談の席で、同署の担当官から、確定申告書に事業用資産買換え特例の適用を受けようとする旨の記載をしなくても、当然に同特例措置を受けられる旨の説明を受け、これを信じたこと、<2>確定申告当時、銀行取引を停止され、その負債整理に奔走していたため、正常な判断ができない状態にあったこと、及び修正申告書の提出当時、心筋梗塞症で入院しており、その記載内容を十分確認できなかったことを主張しているので、本訴においてもこれらについて、一応の判断を示す。
2 措置法三七条七項の「やむを得ない事情」とは、天災、その他本人の責めに帰すことのできない事由により、確定申告書の提出、又は確定申告書に事業用資産買換え特例の適用を受けようとする旨の記載をし若しくはそのための必要資料を添付することが不可能と認められるような客観的な事情をさし、個人的な事情は、同項にいう「やむを得ない事情」には該当しないと解するのが相当である。
3 しかるに、本件において、原告の提出した昭和六〇年分の確定申告書には事業用資産買換え特例の適用を受けようとする旨の記載はなく、そのための必要資料の添付もなかったことが明らかである(乙第一号証)。
さらに、原告が、異議申立て及び審査請求の段階で、措置法三七条七項の「やむを得ない事情」に当たるとして主張した、原告が昭和六〇年七月ころ、深川税務署の担当官から、確定申告書に同特例の適用を受けようとする旨の記載をしなくても当然に同特例措置が受けられる旨の説明を受けたとする点については、これを認めるに足りる証拠がなく(右主張に沿う乙第六、八号証は採用できない。)、また、その余の原告主張の点は、いずれも原告の主観的ないし個人的事情にすぎず、右「やむを得ない事情」に該当しない。
4 そうすると、原告に措置法三七条の事業用資産買換えの特例措置を適用する余地はなかったものというべきである。
三 本件裁決の違法性(争点3)について
1 行政事件訴訟法一〇条二項は、「裁決の取消しの訴えにおいては、処分の違法を理由として取消しを求めることができない。」と規定しているから、裁決取消訴訟において裁決の取消しを求める者は、裁決の主体や手続等の形式に関する裁決固有の瑕疵を理由とする場合にのみ、裁決の違法性を争うことができると解するのが相当である。
2 原告は、この点に関し、被告国税不服審判所長が、原告の審査請求に対して、必要な事実審査を行わずこれを棄却した違法があると主張するが、同被告の審査手続には、右主張のような違法はなく(乙第八、九)、他に本件裁決を取り消すべき裁決固有の瑕疵も認められない。
第四結論
以上のとおり、被告深川税務署長の本件通知処分及び被告国税不服審判所長の本件裁決は、いずれも適法なものと認められるから、原告の本訴請求はいずれも理由がない。
(裁判長裁判官 畑瀬信行 裁判官 草間雄一 裁判官 鈴木正弘)
物件目録
一 所在 深川市稲穂町一丁目
地番 二九五八番三〇
地積 九九二平方メートル
二 所在 深川市稲穂町二丁目
地番 二六九四番八
地積 五二八平方メートル
三 所在 深川市稲穂町二丁目
地番 二七〇一番二七
地積 二四〇平方ートル
課税状況等一覧表
<省略>